年収300万円台でセミリタイア【ビンボー暇なしサラリーマンの実例】

歩いている人不動産

会社を辞めて、もうすぐ1年となります。

 

不動産賃貸業を中心に、せどりなどにも取り組んでいます。

 

世間から見れば、セミリタイアのような状況だと思います。

 

ただ、今の状況では毎月のキャッシュフローが十分ではないので、新たに中古アパートを買うべく、物件を探しています。

 

数年前に売却したアパートの売却益が残っていますので、それを使って新規アパートを取得し、毎月のキャッシュフローを増やす計画です。

 

そんな私も、1年前までは普通のサラリーマンでした。

 

正確には、平均給与以下のサラリーマンでした。

 

残業があっても残業代はなし、年間の休日は80日ほど。

 

そんな環境で20年近くサラリーマンをしていました。

 

改めて考えても、労働環境は悪かったと思います。

 

それでも、サラリーマンを辞めることができました。

 

私のサラリーマンとしての待遇をまとめましたので、「こんな人手もセミリタイアできるんだ」と思ってもらえたら嬉しいです。


歩いている人

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月100時間残業しても残業代なし

 

サラリーマン時代、一度も残業代をもらったことはありません。

 

入社した4月から残業をしていましたが、残業代ゼロです。

 

一番残業が多かった時は、月100時間を超えていたと思います。

 

会社からすれば「残業」ではないのだと思います。

 

タイムカードもなければ、残業命令があるわけではありません。

 

ボランティア活動をしていた、ということです。

 

実態としては、取引先の都合に合わせて夜に動いたり、時間に追われて残業せざるをえない状況でした。

 

会社は「残業代は払わない」姿勢だったので、労働組合としては定時帰宅を推奨していました。

 

しかし、仕事をすればするほど残業が多くなります。

 

相手先や仕事の期限を考えると、残業せざるを得ないのです。

 

特に私は残業が多い部署に所属していた期間が長かったので、たくさんのボランティア活動をしていたことになります。



休日に出勤しても手当なし

パソコンとコーヒー

 

残業代の一種ですが、休日出勤手当もありませんでした。

 

休日出勤手当とは、法定休日に労働した時間を残業時間とし、割増の賃金で計算した残業代のことです。

 

平日の残業と同じような理由で、休日出勤も多くありました。

 

部署にもよりますが、少ない部署でも年間10日ほど、多い部署では年間30日ほどの休日出勤があったと思います。

 

私は、休日出勤が多い部署にいたときは、3カ月ほど連続で休みがありませんでした。

 

休日が丸一日仕事というわけではないのですが、休日のうち2~3時間の仕事が入るのです。

 

休みがない時期は、お金のよりも精神的につらかった記憶があります。



年間休日は80日以下

 

会社のカレンダー上、休日は年間100日ほどありました。

 

しかし、上記したように、取引先の都合や仕事の期限のために、休日出勤することが多かったです。

 

20年ほどのサラリーマン生活でしたが、平均の年間休日は80日ほどだと思います。

 

会社を辞める直前は、できるだけ休日出勤をしないように努力して、年間10日以内にしていたと思います。

 

入社当時は、休日に仕事をすることを認めてもらえませんでした。

 

つまり、休日に仕事に行っても、それは労働時間ではありませんので、交通事故にあっても、労災などが適用されないということです。

 

そんな状況はあまりにも酷いので、「必要な仕事については休日出勤を認め、その時間を平日に振り替えていい」という決まりができました。

 

ただ、休日出勤手当が付くわけではありません。

 

「休日に働いた分は、平日に休んでいいよ」ということです。

 

しかし、仕事が忙しい人にとっては、平日に休むことも難しいです。

 

結果的に、休日出勤分の振り替え休暇も取得できないことが多くありました。



30歳前半で300万円台前半の総支給額

ビル

 

そのように就業時間を超えて、たくさん働いていた割には給料も多くありませんでした。

 

私が不動産投資を始めた30歳代はじめ、給与の総支給額は300万円台前半でした。

 

月々では、手取りが20万円に届くかどうかという程度です。

 

それも、住居手当などが込み金額です。

 

休日は少なくて、残業代はゼロ。さらに給料も少ない。

 

ただ、問題はそれだけはありませんでした。



交通費などが自己負担



交通費などの必要経費が全額は支給されないのです。

 

交通費については、一定額は支給されるのですが、それを超えると支給されませんでした。

 

つまり、仕事で動けば動くほど手出しが多くなるのです。

 

営業であれば、頑張って売上を上げるほど交通費が多くなってしまいます。

 

モチベーションが上がるはずがありません。

 

交通費に限らず、仕事で使うパソコンなども一部自己負担がありました。

 

携帯電話も自分で払っていました。

 

十数年前、私の部署は外回りが多く、携帯電話の利用が必須の状況でした。

 

しかし、今のように「かけ放題」やLINEがありませんでした。

 

相手先と通話をする事が多く、忙しいシーズンは携帯代金が月に数万の負担となっていました。

 

手取りは20万円以下で、携帯代金が3万円ということもありました。

 

さらに交通費の負担も2万円以上。

 

残業をしながら働いて、たまに休みがあっても、お金はない

 

そんな状況でした。



「転職できない」という思い込み

ソファ

 

一番忙しい時期、20代後半から30歳前後は苦しかったです。

 

時間的にも苦しかったし、上がらない給料の中で、「このままではダメだ」と思っていました。

 

仕事自体も自分に合っていなくて、ストレスでした。

 

結果的に、円形脱毛症になったり、腰痛に悩まされました。

 

もともと腰は弱いのですが、その頃は以上に痛みが大きく、日常生活にも支障がある状況でした。

 

そんな状況でもなんで会社を辞めなかったのか?

 

それは、「転職できない」と思い込んでいたからです。

 

私は、会社の同期の中でも出世が遅れ、社会人としての自分に自信がありませんでした。

 

それに、地方都市ということで、基本的に求人数は多くありません。

 

特に不景気な時期は求人数が激減します。

 

今思えば、転職という選択肢もあったと思います。

 

転職先や転職方法についての情報もありませんでした。

 

今であれば、インターネットに情報がありますし、転職エージェントもあります。

 

ブラック企業にはすぐに見切りをつけて転職を考えた方がいいと思います。

 

私は、仕事が忙しい時期に腰痛・円形脱毛症のほかに、排尿障害、副鼻腔炎にもなりました。

 

副鼻腔炎は今でも風邪をひくとぶり返します。

 

身体を壊してまでも働くべきではなかったと後悔しています。



不動産のおかげで会社を辞められました

 

30歳代前半で不動産投資をはじめ、会社を辞めたのが40歳代前半。

 

10年弱の不動産投資の経験があったので、会社を辞めることができました。

 

お金持ちになる自信はありませんが、「なんとか生活はできるだろう」という見込みです。

 

ビンボー暇なしサラリーマンでも10年ほど頑張れば会社を辞められるという実例を紹介しました。

 

ちなみに、周りの大家さんはエリートサラリーマンの人(高年収の人)が多く、数年で大きな資産を築いた人もいます。

 

私は不動産投資でもエリートではないです。

 

それでも会社を辞られるくらいの資産はつくることができると思います。

【参考記事】窓際サラリーマンが経済的に豊かになった方法【節約】

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【参考記事】サラリーマンの副業に不動産投資(賃貸経営)がおすすめの理由

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